オルガニスト楽屋話

第6話 トッカータとフーガ ニ短調---1997.4.2.


第5話でサンサーンスの交響曲第3番を取り上げましたら、やはり次はオルガン曲の中で最も有名な、バッハの <トッカータとフーガ ニ短調>でしょうか。 <トッカータとフーガを弾いて下さい>と演奏依頼の最も多いのが、この曲です。<トッカータ>とは、イタリア語で <触れる>の意味で(私のアドレスもトッカータですが−−)、鍵盤に触れるとの意から、自由で即興的な音楽様式です。 <トッカータとフーガ>あるいは<前奏曲とフーガ>と題するバッハのオルガン曲は20数曲ありますが、その中で、 とりわけ親しまれているのが、このニ短調のトッカータとフーガ。技巧的で華やかな演奏効果のあるトッカータ部と、 わかり易いテーマのフーガ、そして他のバッハのフーガの様に分厚く、難解な書法をとっていない、厳格なフーガが守られず、 フーガの途中でトッカータ的な部分さえ現れ(エコーの効果でとてもわかり易い)、−− これが多くの人に親しまれる理由だと思います。むしろバッハの作品の中では、異色の存在と言えます。 そんなことから、しばしば偽作と言われたりもするのではないでしょうか。これがバッハの作でないとされたら、 オルガニストにとって、重要レパートリーがひとつなくなることになり、困ってしまうところなのですが。


確かにこの曲は、始めてオルガンを聴く方にとっては、聞き易く、わかり易い。そして度々聞いている方にとっては、 トッカータという自由な作風であるため、演奏者によってかなり違ってくる解釈の聞き比べも楽しめるのかもしれません。


しかし”ラソラー”と始まるお馴染みの冒頭部は、しばしばテレビなどで、悲劇的な場面の代名詞のようになっており、 あの自由なパッセージをどのように演奏しようかと考えながらも、実は演奏するのが気恥ずかしかったりしてしまいます。 あの始まりのパッセージを過ぎますと、バッハの世界へ、そして音楽に入り込んでいくことが出来るのですが。
今でこそ多くの演奏の場を経験し、手の内に入っておりますこの曲ですが、始めて大きな会場、サントリーホールで 演奏します前日は(10年近く前のことです)、いつになく緊張し、一睡も出来ないうちに、あたりがだんだんと 明るくなってきてしまったことは忘れられません。睡眠不足など一切関係なく演奏にのぞめたのも、若さでした。 それ以後、色々なところで、そして色々なオルガンでこの曲を弾いてきました。演奏の度に考え、新しい発見がありました。 経験と時間の中で、暖められ、私と共に<トッカータ>は変わってきたと言えるのかもしれません。


先日も日本フィルの東京芸術劇場での演奏会で、この曲をとりあげました。まずオルガンのソロで、そして オーケストラがストコフスキー編曲のオーケストラ版で−−。満席の会場で、聴衆の反応はとっても嬉しいものでした。 <トッカータとフーガ>この名曲を聴き、オルガン曲の魅力を知っていただけましたら、是非、次はバッハの残した 数々のオルガン作品も聴いていただきたい−−いつも、そんな思いを持って私はこの曲を演奏しています。

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