オルガニスト楽屋話

第12話 モニターカメラ持参のプーランク -- 東京オペラシティ ---1997.10.6.

プーランクの<オルガン協奏曲>−−私の大好きな作品、最も好きな曲と 言ってしまっても過言ではありません。。初めてこの譜面を手に入れた時の喜び、 そして取材の折りなどの”将来の夢は何ですか?”との質問には、 ”いつかプーランクを弾きたい!”と答えていたものでした。 ソロのコンサートでは弾きたい曲は取り上げられますが、オーケストラとの 協演のチャンスはそう簡単にはめぐってきません。 演奏の予定も無いのに、いつか弾きたいと密かに練習していた頃が、思い出され ます。

この曲は、正式には<オルガンと弦楽とティンパニーのための協奏曲>と 言います。オーケストラは管楽器の欠けた特殊な編成をとっており、その代わりにオルガンが とても効果的に用いられています。オルガンの様々な音色が聞こえるように作曲されており、 楽器の可能性も充分に発揮出来、活躍するという点で、私はこの曲に大きな魅力を感じるのです。 その後、幸運にも私の夢は実現され、これまでに読響、日フィル、東響と、 サントリーホールや芸術劇場で協演してきました。

今回(10月3日)はミッシェル・プラソン指揮のドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団と、 開館間も無い東京オペラシティ コンサートホールでの協演。 開館後オルガンとオーケストラとの演奏会は初めてとのこと。私もこのホールのオルガンでの コンサートも、また外来オケとの協演も初めて−−とにかく初めてづくしの コンサートでした。

ホールの方からのご好意で(ホールのスタッフは皆、経験豊富、しかも大変熱心です) 事前に試奏の時間をいただきました。 オルガンはスイス Kuhn の54ストップ、3段鍵盤の楽器です。規模は コンサートホールのオルガンとしては大きくないものの、 私は楽器に関しては大満足。またホールの響きも、オルガンを聴くには、 成功していると思いました。

ところが、 その時、気が付いたことは、オーケストラと演奏する時に絶対欠かせない ビデオモニター(このことに関して詳しくは、<第3話>をお読み下さい)の位置が、 オルガニストの視線に全く入らない位置にあることでした。このクレームを伝えた ところ、ありがたいことにコンサートの前日にその位置を取り付け直すという ことになりました。それでもやはり心配になり、前日にモニターの映りのチェックに、 私はホールまで足を運びました。すると今度はモニターカメラがステージの端に、 つまりオルガニストから遠く離れた位置に取り付けられており、斜めからの 指揮者が映るではありませんか。この位置では、指揮者、そして指揮者の棒は確か に見えるものの、視線は、背中向きのオルガニストには伝わってこない(つまり誰に指示を送っているのか、 全く判らない)ことがわかり、大慌て!さあ大変です。

カメラは出来る限りオルガニストの体に近い位置に設置すべきです。そうすれば、 指揮者が私に棒を振った時 私への指示と判り、 また私を見れば、私は指揮者の視線を感じることが出来るのです −−通常はそのような場所に設置されているのですが。 明日はオルガンコンチェルト−−指揮者とのコンタクト無しでは、演奏できません!

モニターカメラはすでに壁の中に埋まってしまっていて、位置の変更は不可能とのこと。 移動式カメラは?と尋ねると、ホールには備品として無いとのこと。 それならば、鏡の方がダイレクトに見えるので、翌日はとりあえず鏡を付けて 欲しいとお願いしたところ、”鏡は時代錯誤だし、デザイナーの許可無しに 変更することは出来ない”との返事に私は絶句。

あと残すところ24時間−−私は何とか本番に間に合わせるために、 自分とマネージャーの2人で動くしかないと判断。そうこうするうち、所属事務所の 社長(佐藤さん)のビデオカメラをお借り出来ることになり、次はモニターとカメラを結ぶ ケーブルの調達。 私はその足で東急ハンズへと駆け込みましたが、親切な売り場の方も難しい顔。 最悪にそなえ、私は鏡を調達−−どの鏡が最適かと必死に探す私に、”何にお使いでしょうか?”と売り場の人。 車は渋谷の駐禁のとんでもない所にあり、返事の余裕もなく慌てて、とりあえず2つの鏡を購入。 落ち着く暇も無く演奏会の前日を過ごしました。 一方、連日の主催公演で大忙しの私のマネージャー(伊藤さん)は演奏会当日、秋葉原の電気街へ駆け込み、ケーブルを調達−− 携帯電話の向こうから、”何とか調達出来た”との明るい声が聞こえたものの、 果たして取り付けられるものか、不安は隠せない様子。彼は早々とカメラとともにホールに現れ、いよいよ接続−− 何とか成功し、モニターに映像が映った瞬間はまさに感激でした。これで指揮者が見える! ところが、カメラにはサーモスタットが付いていて、ある一定の時間が 経過すると、プッツリ画像が消えてしまう。いよいよゲネプロの時間と いう時に、画像が映らない!−−指揮者のプラソンが遅刻(これは珍しいこと) をしたため、運良く、何とか間に合ったもののハラハラものでした。

ゲネプロでは、オルガンとオケのバランスや、テンポに関して、プラソンから いくつかの指摘があり、さて、いよいよ本番です。 私の背中の位置に置かれたモニターカメラは、プラソンの表情を完璧に 伝えてくれました。ゲネプロの時の私への注文が、思い通りだったのでしょうか−− 嬉しい表情が飛んできました。テンポの変わり目の難しい箇所を前にすると、 緊張した鋭い視線が私に向けられます。それが上手く進むと”そうだ!”という ような視線が−−。本番のプラソンは、私を良い演奏が出来るようにと、 自然に導いてくれた、素晴らしい指揮者でした。プラソンとのプーランク、 これは至福の喜びでした。

オペラシティのオルガンは、プーランクではとても効果的でしたし、私の 思い通りの音を出すことが出来ました。しかし、モニターカメラと鏡を 持参(!)しての演奏会は始めて−−忘れられないコンサートとなりました。

ステージの上にはコンソールが無いのですから、せめてもビデオカメラとモニターは、 もっと使えるものでなければならないと、また、これらの設置位置には、 充分な専門家の考慮が払われるべきだと痛感しました。 来年6月に、またこのホールでコンチェルトを演奏する予定がありますし、 これからもプーランクはもちろん、また是非演奏したいと思うオルガンです。 けれども、これからも毎回モニターカメラ持参ということになるのでしょうか−−。 開館間も無いホールですから、今後の対応に大きく期待しています。


その後、移動式のモニターカメラが備品としてホールに用意され、 先日 (1998.4.30.) の演奏会では、理想的な角度から指揮者を見ることが出来るようになりました。 ---1998.6.2.

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