オルガニスト楽屋話

第192話 リトアニアでのコンクールとコンサート ---2015.9.25.

9月10日、スカンジナビア航空でコペンハーゲンへ。1時間程、予定時刻より早く着いたものの、最終目的地ヴィリニュスへ の飛行機(1日に2便しかない)の待ち時間が6時間に、、。Duty Freeショップをふらふらするものの、 通過がユーロではなくデンマーク・クローネ(DKK)、、価格がわからず化粧品をひとつ、 そしてスーツケースに入れてしまった歯ブラシ以外買い物もせず。眠い中の6時間、眠ってしまい飛行機に乗り損ねたら 大変と頑張り、ヴィリニュス空港へ。着いたのは深夜11時半。遅い時間にもかかわらず主催者の方が出迎えてくれ、 車で5キロの市内のホテルへ。自宅からの成田空港への時間も入れると24時間、さすがに疲れた長旅でした。

ヴィリニュスは11年前にバルト三国を旅した時に訪ねたことがありますが、まさか、再びこの街を訪ねることが出来るとは 夢にも思っていませんでした。

世界遺産でもあるヴィリニュスの旧市街にはたくさんの教会があります。今回のコンクールは2つの教会と国立 フィルハーモニーホールで開催されました。会場とホテル、昼食をとるレストラン、どこも徒歩圏内でとても 便利でした。ちなみに旧市街は歴史的な教会や建物が建ち並び,メインストリートのほかは細い小道が迷路のように 入り組む可愛い街です。

世界各地から集まった26人の若いオルガニスト達、多くの時間を準備と練習に傾け、臨んでいる真剣な姿、 皆の熱演に高得点をあげたいところですが、選ばれた12人が2次審査、そして6人がフィナーレへと進みました。

審査員はフランス(パリ)、オーストリア(ザルツブルク)、ドイツ(ドレスデン)、アメリカ(カンザス)、 ポーランド(ワルシャワ)、日本(東京)そして開催国リトアニアから2名の総勢8名。飛び交う言葉は、 英語、ドイツ語、フランス語、ポーランド語、そしてリトアニア語。審査の点数や評価、真剣で間違ってはいけない話になると母国語で話し確認し合う彼ら。控え室はいつもインターナショナル。 コンクールの間の休憩時間、食事の時間には様々な話になり、オルガンにまつわる様々な情報、新しいニュース、 そして聞くことの出来ないような裏話まで、、世界各地の話が手に取るように聞け、楽しく嬉しい時間。

初対面で挨拶を交わすなり、「日本のトイレ、“流れる水の音”には驚いたよ」、楽しい会話に緊張もほぐれました。

オルガンの話は、楽器のこと、作品のこと、演奏や解釈のこと、楽譜のこと、教授方など、 共通の話題で盛り上がります。「今度、大統領が隣席される祝会で演奏を頼まれたけど、どんな曲がいいかな」、 興味ある話題です。中でも演奏会や演奏旅行中のハプニング、経験談、失敗談を語り合うと、 この話題は尽きることはなく、時には驚いたり、共感したり、また時には皆でお腹をかかえて笑い、盛り上がり。
「イタリアの田舎の古い教会で、オルガンのモーターを入れたら、こうもりが飛び出してきたのだよ、数羽のこうもりが!巣を作っていた!!」
「日本のコンサートホール、、あと5分で開演です、あと1分です、時計を見て時計通り秒単位の進行、、きっちりとしていて凄いね」(笑) 「初めて日本に行った時の話で、夜遅くに着いて立派な高級店に接待された。魚が出て来たんだけど、それが動いていた!驚いた!」。
「日本の電車、みな眠っているのよね。そして電車に乗るのに並ぶの、きちんと列を作って。」(また笑)
世界中を旅している彼ら、日本へも演奏旅行している人が多く、日本の話題にも尽きず。皆にも指摘されましたが、確かに彼らと一緒に行動していて、時間にきちんと現れるのは私だけ。下調べや準備をしているのも私だけ。時間が迫っているのに、のんびりしている彼らにヒヤヒヤしているのも私だけ。スケジュールなどギリギリ間際にならなくては知らされない、、それに心配しているのも私だけ。 日本人としてごく普通なことが、彼らの目から見ると几帳面できちんとしている、彼らにとってはきちんとし過ぎているようです。 今回2週間彼らと一緒に行動し、私は日本人だなと思わされる場面に遭遇し、よくわかりました。

親しい仲になり、教会でのミサでオーケストラを雇う時は誰が払うのか、結婚式や葬儀は誰が払うのか、、 そしていただく報酬の話にもなり、歴史的な有名教会でのオルガニストの報酬には興味津々、 それが意外なのにまた皆驚き。お国柄と伝統からでしょう、こうした様々な話題は尽きずいつも話に花が咲きました。

私達は意気投合しつつも、しかしながらみな音楽家、アーティストですね、自己主張があり個性的でもあり、 ユニークです。自転車を1週間借りて乗っている人、ネコ好きで街で遭遇するネコの写真を撮って喜んでいる人、 毎朝2時間ランニングしている人、空き時間には自分の練習をしたいとオルガンを探す人、皆、個性的。 食事の内容にも拘る彼ら。健康を気遣ってか??ランチのメニュー、スープを別のものに変更出来ないか、 アラカルトの中から頼めないか、チーズは入れないで、マッシュルームは苦手、、などなど。
食後のお茶の注文も大変で、カフェラテを大きなカップで、昨日は大き過ぎたので今日は普通のカップで。 エスプレッソをダブルで。ミルク入りコーヒーで。カモミールに蜂蜜を付けて。カップでなくポットにお湯を入れて紅茶を、、などなど。

審査の途中のコーヒータイムには、サンドウィッチやクッキーの他に必ず暖かい「キビナイ」が出てきました。 これはリトアニアの伝統料理で、ひき肉、マッシュルーム、野菜、、など違う中身に入った餃子を大きくしたようなパイです。

リトアニアで美味しかったのは果物。自宅の庭でとれたと持参してくれた地元の審査員。小さめの洋梨、 プラム、野いちご、、無農薬できれいな空気の中で育った果物、フレッシュだから皮はむかなくて大丈夫よ、 ビタミンもあるし、、と皮をむいていた私に。食べたことがない程、甘くて美味しい果物でした。 自然を愛し、美しい環境で育ったものを食することを健康としていると話す彼ら。 東京の生活では得ることが難しい私には羨ましく聞こえました。

滞在中、日曜日が2回ありました。最初の日曜日はヴィリニュスから車で2時間程の所にあるタウラゲという街でコンサート (写真はコンサートの時のスナップです)。街のお祝いの式典もかねていたようで、教会は座りきれず立っている人も。 演奏会後には、市長さんからお花、そして大きな黒パン(下の写真です)。これは後でわかったのですが、リトアニアの田舎の伝統的なパンだそうで、 その大きさと重さには驚きました。その後、市長さんはじめ街の名士の方とホテルでディナー。 ホテルは川沿い(大きな出窓が川の上に突き出した特別室)見晴らしの良いお部屋に一泊し、帰りは立派な公用車、 運転手さんのドライブでヴィリニュスまで。暖かく素晴らしいお持てなしに心打たれました。

そして2回目の日曜日は、ヴィリニュスのカテドラルのミサへ。日曜日の朝、街中の教会の鐘が鳴り、 宗派が違うどの教会も正装をした人で溢れていました。信仰深いリトアニア人。カテドラルは午前中、 9時、10時、11時とあり、私は10時のミサに参列したのですが満席。ミサは、オルガンではなくコーラスが 主体で進行、大きく響きの良い会堂に美しく響くコーラスに感動。他のヨーロッパ諸国ではオルガンがリード するのが常ですが、ここではコーラスで、オルガンは伴奏にとどまっていました。

コンクールの受章者発表セレモニーと市庁舎でのパーティ。前日の夜(審査の最終結果が出たのは深夜の0時近かった) 「正装でいらしてください」とずっと私達の付き添いをしてくださっている女性から。前回のロシアのコンクールでも 多少経験していたので、ジャケット4着、スカート、パンツ、数枚のスカーフなど普段の旅とは違う荷物で来たものの、 ふむ、白いジャケットでまだ着ていないのがあるのでそれを着れば良いと。
翌朝、朝食の席で一緒になった男性審査員達が何を着るか相談していた。「前回は持ち合わせなくて,この街でタキシードを買った」 「この国は厳しいんだよ、テレビ中継も来るからかな」と。ドレスコードか・・・困った。私はあわてて11時開店のお店へ走り、 祝典にふさわしいようなドレスを探し買い、夜の会に間に合わせました。イヴェントの華やかさをみなで盛り上げている、 街をあげてのイヴェント、文化が根付いていることを感じた夜でした。

今回のコンクールで知り合った審査員オルガニストの方々、心配りのある紳士とお洒落なマダム。 演奏活動に(コンサートのために沢山の練習もしているはず)、教会オルガニストとして、また オルガンの指導にと忙しい中にも、家族を愛し、自然を愛し、動物を愛している、、彼らの外見だけではわからない姿が 話の中からかいま見られるのも嬉しく、立派なオルガニストの方々との貴重な交わりを小さな私に与えて いただいたこの機会に感謝でした。旅行者とは違う旅が出来ることは、私達の仕事に与えられた喜びでもあります。 オルガンを軸にコンクール出場者を審査員が国境を越えて集い、音楽という言葉で結ばれた時間は素晴らしかったです。

リトアニアに降り立った時は太陽の日差しも暖かく、夏の終わりの陽気で外で食事をすることも出来ましたが、 帰る頃には樹々は紅葉を始め、朝晩は寒くなり秋の始まりが感じられるように。リトアニアの冬は厳しく寒いそうで、 素晴らしい思い出に溢れる素敵な街ヴィリニュスに別れを告げ帰国の途につきました。

写真の ページもアップしました(9月27日)ので合わせてご覧ください。11年前の写真はすでに掲載されていますので、今回は観光名所とは違う街の顔、 そしてコンクール、コンサートの様子、写真家が写してくださった写真も入れました。ご覧いただけましたら幸いです。


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