オルガニスト楽屋話

第196話 マタイ受難曲@キングズウェル ---2016.3.23.

白石ホワイトキューブ、日本で一番長い残響を持ち、ガラス張りのユニークなデザインのホール、 また日本のどこにもないようなシンフォニック・オルガンが完成してから18年、その2年後から オルガン教室、オルガン講座が始まり16年。月日の経つのは早いもです。2年ごとに受講生によるオルガン・ コンサートが開催されるようになり、今回は第5回。初歩からお教えした受講生も大きく成長し、 バロックから編曲ものまで、幅広いレパートリーのプログラムを披露出来るまでになりました。 写真には写っていませんが、出演は この女性メンバープラス男性がお一人。白石で演奏後、福島音楽堂での演奏会にも出演されるということで、残念ながら 最後までは残れず福島へと急がれました。

自分の音や音楽を追求し、より良い演奏を目指す演奏への意気込み、 朝早くから夜遅くまでリハーサルにも余念がなく、大きくステップアップしたことを 感じ、何もなかったこの地にオルガン文化が定着しつつあることは嬉しいです。

そして一昨日はキングズウェル・ホールでバッハの「マタイ受難曲」の演奏会。2年近く前から出演の依頼を いただいていた演奏会。演奏時間が3時間半かかる壮大な作品の演奏に向け、 山梨大学教授で声楽家であり指揮者の片野耕喜先生はご自身の演奏経験に加え、長い時間をかけての 緻密で奥深い演奏解釈、周到な準備と計画、沢山の練習を積まれ、いよいよ本番でした。コーラスは何度か一緒に 演奏しています甲府コレギウム・アウレム、山梨大学の学生さんはじめ若い方も多く、上手で美しいコーラス。

今回はキングズウェルのバロックオルガン、ピッチ415Hzを使い、バロックのオリジナル楽器の古楽器 オーケストラと、『バッハが演奏したであろうスタイル』を再現するという試みが実現されました。

2つのコーラス郡に子供のコーラス、声楽のソリスト12名・・・という大きな編成、 通奏低音の鍵盤楽器 (オルガン、チェンバロ)も二人の奏者で。今回は第1オルガンを西山まりえさん、第2が私。 まりえさんはステージ上(正確にはステージに張り出しをしたその下で・・)でポジティフ・オルガンとチェンバロを弾き分け (オルガンの上にチェンバロを載せて・・)、私はホールのザニンのオルガンを使用、 つまり3台の鍵盤楽器を使って演奏しました。

日本のホールでバロックピッチのオルガンが設置されているホールは、おそらくキングズウェルだけだと思います。 片野氏は、「今回の演奏会の一番のポイントは、キングズウェルのバロックオルガンを用いてマタイ受難曲を 演奏すること」とのことでしたが、バッハの時代もトーマス教会に設置されているオルガンを使って演奏したであろう、 という見地からホールのオルガンを使って、バッハの時代の演奏形態を推測しつつの演奏となりました。

譜面を見ますと第1曲に「Sesquialtera」とストップの指示があります。バッハの作品でストップ指示の記載というのは 本当に珍しいことです。リハーサルではやや強いかなと思ったストップでしたが、本番で子供のコーラスも 加わり声量が増した時に入れてみると、なるほど!コラール旋律は浮き上がり、そして合唱に溶け合いました。 これはポジティフ・オルガンにはないストップで、 バッハが設置された大オルガンを念頭に作曲したことが理解出来ました。こんな発見や学ばされることが多かったのも 今回の公演です。

力強く歌うコーラス、それに美しいアリアが交錯し、4時間近い長丁場の演奏は当初どうなるかと心配でしたが、 思っていたよりもすいすいと進み、最終曲になるともう終わってしまうのかと、流れてしまう時が止まっていて くれればと思うほどでした。

キリスト教会の受難週の季節に、聖書に書かれたイエスキリストの受難物語、十字架にかかる物語を描いた音楽、 バッハの大作の演奏の機会が与えられましたことに感謝。また響きの良いキングズウェル・ホールで、 バロックスタイルのオルガンがこうした形で用いられたことは意義深いことで、その場に立ち会えたことも幸いでした。 山梨県初演とのこと、歴史的な快挙であり、満席の会場に力強く鳴り響きました。

涙できるような美しい音楽には、イエスキリストの愛、バッハの信仰心、を感じることが出来ます。 折しも公演の日はバッハの命日でした。オルガニスト一人では無し得ない感動の瞬間でした。


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