オルガニスト楽屋話

第26話 緊張と喜びの狭間に ---1999.3.8.

演奏の回数を重ねていくうちに、本番の時に自分がどの様な状況にあると 良い演奏が出来るのか、どうしたらベストコンディションがつくれるのか、 わかってきたのです。 ステージに立つ前の緊張感・・これを乗り切るには自分の音楽に <自信を持つこと>。これは演奏する音楽を深く勉強し、理解し、それを 表現するのに十分なテクニックを身につけること・・日頃の努力と成果ですね・・ から得られます。それから、その音楽を本当に<愛する>こと。大好きでたまらない この素敵な音楽を、聞いてもらいたい・・こういう気持ち一杯で演奏する ことです。

そして演奏が始まったら、音楽に<集中>すること。集中力は演奏の経験と ともに、自然と養われてきたように感じます。集中した時・・それは、 あたかも細く深い穴にスポーンと入ってしまったような感じです。その穴に 入るコツを覚えてしまう・・そんな感じでしょうか。

ドイツから帰国した頃、当時は演奏会の数も今とは比較にならないような 少ないペースでした。成功させたい!と毎回の演奏会に全力投球の私・・ 本番の日には、友人から”頑張ってね”と送られたクマ(小指ほどの 小さなものですが)をバックに入れたりして出かけた私。次にはネズミなどと、 そのうち私の<お守り>はどんどん増えていくのでした。 持ち物だけでなく、食べ物にも・・例えば本番前の日にはステーキを、 当日はオレンジジュース、直前にユンケルを・・と。 こうしたお守り的な<持ち物>と<する事>があまりに多くなったある日、 演奏会も増え忙しくなってきた私は、全てのことを止めることに決心したのでした。 それでも順調に!・・懐かしい思い出です。

とは言え、演奏前の緊張は隠せないし、逃げ出したいほどの心境になったりします。 昨日は東京芸術劇場で日フィルとの<オルガンとオーケストラの饗宴>と 題する演奏会・・1曲目はオルガンソロで”トッカータとフーガ”。 完売になり3階の後まで満席になったホールへ拍手で迎えられた瞬間、それまでの 張り詰めた緊張感から解放され”弾きたい!”という気持ちに一気に変るのです。 これは本当に不思議なこと!

オルガンを弾いているのが大好きで、いくらでも時間を費やせる私。 恐らく聞き手も誰もいない所で弾いていても、十分満足している私だと思うのです。 けれども聞いてくださる方の前に立つと、こんなにも私はパワーを得る事が 出来るのだと、昨日は実感したのでした。

ニューイヤーコンサートの直前にかかったインフルエンザは一日で完治 (京都のホテルで悪夢のような一夜)、 2月にはKホール(オルガンが後から設置され、バルコニーが非常に狭い)の オルガンにひざをぶつけて以来、体の痛みに悩まされていたのですが、 いつも本番には元気になれる・・私は弱い人間なのですが、ある時、 とてつもないパワーが与えられるのです。これは一体何なのでしょう? きっと聴いてくださっている皆様からなのですね。

演奏が終り暖かい拍手を受け、喜びを感じる私。まさに緊張と喜びの狭間に、 不思議なパワーを与えられ生きている私です。

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