オルガニスト楽屋話

第47話 パリの日曜日 ---2001.6.25.

南フランスを10日間旅した後、パリに来ました。ヨーロッパではどの街でも、日曜日はお店もぴったりと閉まり 静かな安息日ですが、教会でオルガンを聴ける絶好のチャンスです。

パリには、サン=サーンス、フォーレ、ヴィドール、ヴィエルヌ、デュプレなど、 オルガン音楽史上重要な人物がかつて活躍した教会が点在しています。 ミサのはしごをしたくなるほどですが、今回は、トリニテ教会に的をしぼることに決めました。

トリニテ教会と言えば、メシアンの教会であり、今は ナジ・ハキム がオルガニストを務めています。ハキムは、現在世界的に注目されている作曲家の一人で、私も 彼の作品に興味を持ち 日本初演などしていますし、今秋共演するトランペットのアントンセンからのプログラムにも 彼の「トランペットとオルガンのソナタ」が入っています。

運良く翌日の日曜日のミサで彼が演奏するという情報をキャッチでき(2年前に訪れた時は休暇中でした)、 その上、オルガンバルコニーまで案内いただけるというメールが届きました。 当日、約束の「朝10時5分前にオルガンの下」で、初対面を少し緊張して待つ私でした。

遅れること5分、10時ちょうどにハキムが登場! 背丈は私位で、思っていたより小柄、音符柄の蝶ネクタイが 何とも印象的。“Bonjour!”と挨拶をかわすや否や、“さあ、どうぞ”とドアを開け、 バルコニーへの階段を駆け上がるハキム。彼の後についていくのがやっとで、どうしてこんなに 急がなくてはならないのかと思っていると、息も切れる中、ハキムはオルガンの椅子にすべり込み、即座に トゥッティで弾き始めました。私にはモーターを入れたことも わからない程の早さでした。どうやら10時からの演奏に、彼は 遅刻をしていた様子。もちろん楽譜もなしの、即興演奏です。

大音響で始まった後は、わかりやすい主題のロマンティックな音楽、ハキム風の軽快なリズムの音楽、それから 美しく歌うフルートハーモニックをソロに使った静かな音楽へとゆっくりと展開していき、最後は再び 大音響になり終りました。約25分の即興演奏・・それはまさに 大シンフォニーでした。教会の下ではミサの準備がなされていましたが、ハキムは 背広を脱ぎ、額の汗をぬぐい、一呼吸。あらためてゆっくり挨拶を交わしました。

オルガンはカヴァイエ=コルで、何度も改造を重ねています。 61ストップ、3段鍵盤ですが、ハキムの演奏で、スケールの 大きな楽器に聞こえました。 その後、ミサの始まる11時少し前から、今度はグレゴリア聖歌に基づく即興が始まりました。 教会も人でいっぱいになり、音楽も盛り上がっていきます。手鍵盤ではとても速い パッセージを演奏し、ペダル鍵盤でも足がすべるような速さで動き、グリッサンドあり、 トリラーあり、時には交差したりで、その超絶技巧的な演奏テクニックには驚かされました。 最後はペダルの最低音Cの上に足を置き、立ち上がって下の様子を 見るなどのアクロバットのような仕草も見せ、Entree(前奏)は終了。

会衆の歌の伴奏は、下にある小さなオルガンで別のオルガニストが受け持ち、 ハキムはそのあと、ミサの流れに従い、Offertoire、Communion、Sortie と即興演奏しました。 バロック風のコンチェルト様式の音楽、静かで幸せに満ちた 豊かな音楽、洒落た和声の中にグレゴリア聖歌が聞こえたり、 聞き手を惹きつける即興演奏が続き、彼の無尽の想像力を感じました。

オルガンの椅子に座らされた私は、ハキムの世界を本当に間近に聴き、また見ることができ感激でした。 作曲を志す学生さんでしょうか、ミサの途中から4名ほどの聴衆(?)が バルコニーに集まってきましたが、熱演の後奏が終ると、思わず拍手があがりました。

彼は目下、9月にイギリスで初演するオルガン曲を書いている最中とのことですが、 来年2月には初来日し白石で演奏、そのコンサートでは彼の新しい曲、また即興演奏も再び聴けるとのこと・・楽しみです。

それにしてもパリは芸術とともに過ごせる街、 ファッションも、グルメも、世界一揃っていると思う。 もしも住んでみたい街を揚げるとしたら、私はこの街と答えるでしょう。 思いがけない出会いがあった、パリでの日曜日でした。

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