オルガニスト楽屋話

第65話 ポルトガル路線バスの旅 ---2003.10.1.

旅が好きな私ですが、日頃の旅行は演奏会などを控え緊張した旅ばかり。そんな私にとって 夏休みの気楽な旅は楽しみであり、今年はポルトガルを訪ねました。イベリア半島の西端に位置し、 ヨーロッパ諸国からも遠いため(1時間の時差もあります)、16世紀から日本と交流があった国でありながら、 これまで訪ねる機会に恵まれませんでした。

一日でも長くヨーロッパで過ごしたいと思う私は、7月27日の金沢公演を終え、疲れもとれぬまま出発という 予定をたててしまったのが災いでした。行きの飛行機の中で寒気が始まり、5時間待ちのフランクフルト空港では ふらふら状態でした。ラウンジにあったカモミールティ(ドイツでは子供が風邪をひいた時に飲む薬用茶)がありがたく、 このお茶と持っていた風邪薬で何とか乗り切りました。ポルトへ着き、その後は元気になったので、 美味しいワインの産地でもあります、ワインが飲みたいがために完治しないうちに薬をやめってしまったのがいけ なかったのですね、その数日後、今度は高熱を出し、半日ホテルでダウンすることになってしまいました。 今回はこうしたハプニングで始まった旅でしたが、2週間の旅程を無事終え、帰ってきました。

旅にも色々ありますが、今回はポルトからリスボンまで、のんびりバス旅行でした。バスと言っても、 地元の人が隣街への移動や買い物に利用するような路線バス。一日に4,5本しかなく、乗り遅れると 次は4時間後だったり。しかも時間にルーズなので(遅れるのは良いのですが、早いこともあるのです) ハラハラさせてくれるのですが、街(村)へ着くと翌日の時刻を調べて・・・という移動の旅は続きました。 日頃、ギリギリで移動している私には信じられないようなテンポでしたが、時間に追われた生活から離れ、 毎日晴天が続く中、のんびり旅行も良いものでした。

どこへ行っても目に留まるのが、アズレ−ジョというブルーのタイルです。家屋の外壁また内壁、駅、 教会内部にも、至るところ美しく飾られていました。またロマネスクやゴシック様式の古い教会、 マヌエル様式(海にまつわる装飾)の修道院の回廊など、16、17世紀のポルトガル全盛、 大航海時代の歴史的遺産がたくさんありました。また水平リード管がたくさんがあり豪華な装飾で飾られた 歴史的なオルガンも各地で見ることができました。教会の多いこと、そして小型ですが必ずと言えるほど オルガンが設置されていました。ただし現役で使われているところは少ない様子です。

どの街もこじんまり小さく、リスボン以外は1日あれば徒歩で廻れてしまうような所ばかりですが、 とにかくどこへ行っても坂が多い!しかも石畳の急坂です、距離のわりには足に堪えました。 ほかのヨーロッパ諸国に比べ夜明けが遅く、夏なのに朝7時頃ようやく明るくなり、 それからゆっくりと人々が動き出すようなのんびりテンポです。

ポルトガルの人は素朴で親切でした。困ったり、迷ったりしていると、声をかけてきて教えてくれるのです。 日焼けした厳つい顔の人に声をかけられ、始めはぎょっとしたのですが、いつも“オブリガード!(ありがとう)”と 片言のポルトガル語で、親切心に感謝して別れるのでした。

また信仰深い国民です。教会でお祈りを捧げている人、マリア像の前でひざまずき涙を流している老婦人、 ・・どの国よりもこういう姿をたくさん見かけました。オルガンの写真を撮るのには少し苦労しました。

食べ物は概して塩辛い、あるいは甘いものが多く、お菓子などは口が曲がりそうになる位、甘いこともあり、 そのせいでしょうか太めの体格の人が目に付きました。果物は美味しく、カフェなどでふんだんのオレンジを しぼってくれるフレッシュ・ジュースはお気に入りでした。お魚はタラ、お肉はチキンなど、ハーブを効かせたシンプル、 素朴なお料理が多く、ガスパッチョ(冷たいトマトスープ)やリゾットも美味しかったです。

今回の旅のもうひとつの楽しみはポサータ巡りで、5箇所のポザ−ダに泊まりました。ポザーダとは スペインのパラドールと同じで、建物が旧古城や修道院を改築したもの、あるいは風向明媚な場所に 建てられている、ポルトガル国営ホテルです。どのポザーダにも郷土料理を味わえるレストランがあり、 旅の疲れを癒してくれるのでした。

夜が更け、家々に灯りが燈ります。昼間は気がつかなかったのですが、暖かい家族団欒の様子が 覗えました。お年寄りに席を譲る若者の姿もよく目にしました。素朴でありながらも、みなそれぞれの 生活に満足し楽しんでいて、そこには日本にはない豊かさがあることを感じた旅でした。

ポルトガル旅行の写真は こちらに掲載しております。




Index