オルガニスト楽屋話

第72話 春に寄せて ---2005.3.9.

卒業、入学のシーズンを迎えています。大学で教えている学生達が巣立っていき、私もこの季節を感じます。 卒業後の進路は様々ですが、4年の間に習得したことをこれからの人生の中で何らかのかたちで生かして もらえたらと期待します。

大学は卒業しても、音楽の勉強において“卒業”はありません。一生涯続けられるような、 大きくて終わりのない課題です。大変なことが私にも与えられていると思うのですが、 日々楽器と対話する時間は続いています。

コンサートなど人前で演奏する時間は短くても、そのための準備、練習にはとても 長い時間が費やされます。まずは譜読み・・・指使い(オルガンの場合には足使いも)を考え、 楽譜を音に再現、難しいところは念入りな練習も必要です。作品を自在に自分の音楽として 表現できるようになるまで、自分の中で相当な時間暖めなくてはなりません。1曲を仕上げるまで費やした 時間を刻銘に記録した友人がいました。でもそれは決して時間給の観念で働かされている感覚のものではなく、 むしろいくらでも費やすことのできる、費やしたい楽しい時間です。私は主に教会やホールでそうした時間を 過ごしています。音と静かに対話できる恵まれた環境です。笛を歌わせ、作品にふさわしい演奏を探していきます。 大きな空間を占有し贅沢ですが、演奏会では華やかな拍手喝采に湧く2,000名収容の大ホールにたった一人、 日曜日の礼拝では大勢の人々の集いの場である大きな礼拝堂でもたった一人、あまりに静かすぎて時には 孤独感を覚えることもあります。カツッ、カツッ、カツッ・・・足音だけが聞こえてきます、ホール内案外死角があります。 灯りが消え、非常灯だけがついた楽屋も結構怖いです。教会内にご遺体が安置されているような日(葬儀前夜)は、 さすがの私も家での練習に切り替えます。色々なことがありますが、大きな空間に飛び散る音を追求しながら、 音楽と関わる一人の時間は続きます。

当然かもしれませんが、私の“仕事場”はオルガンのある所ばかり。午前中は墨田トリフォニーホール、 そして午後から神戸の大学へ。朝は教会で弾き、午後からホールでリハーサル、午前中はホールで午後からは教会で練習・・・ 最近のスケジュールですが、一日のうちにオルガンからオルガンへと梯子することもよくあります。オルガンの存在すら珍しい日本で、 こんな生活をしているなんて不思議ですね。 行動範囲はオルガン圏内ですが、移動の合間のちょっとの時間に立ち寄るお気に入りのお店もあります。 新作の洋服をチェックしたり、ケーキ、パンを調達したり、オルガンからオルガンへの移動も適当な気分転換になっています。

我が家の前の桜の枝も、心なしかふっくらしてきたように見えます。嵐の中、寒い北風吹く中、 そして雪の日もしっかりと枝を張り耐え忍び、寒い冬が去った頃にまた今年も沢山の花を咲かせて私達を楽しませてくれるでしょう。 1年1年と年は過ぎていきますが、どっしりとした幹からは年輪の重みを感じます。そうしたしっかりとした幹の桜は より多くの美しい花を咲かせます。春もそこまでですね。毎日オルガンとともに時間が過ぎていますが、1年の節目である 桜の季節にまた新しい気持ちになり思いを寄せます。(写真は昨年私が撮影したものです。)




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