オルガニスト楽屋話

第17話 楽器に合った演奏 ---1998.3.25.

私は演奏会の度に色んな楽器を演奏していますが、最近特に思うことは、 与えられた楽器によって私の演奏、表現が自然に変っていくこと。

演奏会前のリハーサルでレギストレーション(音作り)もですが、 私は無意識のうちに、楽器に合った演奏、表現を見つけているようです。 同じ演奏家が同じ作品を演奏しても、弾く楽器によって変ってくる・・・ これはオルガン独特のものであって、ピアニストやヴァイオリニストなど ほかの楽器の演奏家には、これほどまで考えられないことと思います。 表現力の大きな楽器では、私の表現も自然と大きくなります。表情の少ない楽器で 同じ演奏をしたら、何とも滑稽に聞こえるでしょう。 楽器の息づかいと私の呼吸も合わせます。楽器に無理な呼吸をさせないように、 笛一本一本が美しい音を奏でられるよう自然な息を送ってあげます。

最近の話ですと、静岡音楽館のオルガンを弾いた翌日、札幌コンサートホールの オルガンを弾きました。両方とも、同じ製作者のとても美しい楽器ですが、個性は全く違います。 白石の<キューブ>では音色もさることながら、これまでにない表現力、表情豊かな楽器に出会いました。 その後東京へ戻り、最近頻繁に演奏しているすみだトリフォニーで再び弾いてみますと、 私の音楽の捉え方が大きく変ったことを知るのでした。

このように今、私は日本各地の良い楽器に出会う、また普段様々な様式の美しい楽器で 練習出来るといった恵まれた環境にあり、楽器から学ばされることが非常に多いのです。

一方、演奏家泣かせの楽器、演奏者の足を引っ張る楽器・・・それは東京芸術劇場の ガルニエオルガンの<モダン面>でしょうか。 トラブルが多い上、表現力に欠け、「モダン面での演奏は断る」と言っているオルガニストの 気持ちは私も理解できます。

音が鳴らない、かと思えば弾いてもいないのに音が鳴ってしまったり、入れてないストップの 音が出てしまう・・・通常では信じられないこんな現象が日常茶飯事。 演奏者から手の届く位置にあるべきストップが、通常より遙か遠くにあり、しかも重く、 固く、また先がとがっていて痛く(!)、オルガニストが演奏中に動かすことが難しい。 某外来オルガニストが演奏会で、足で(!)ストップを蹴っ飛ばした姿を見ました。 その日も、彼が意図しないストップが鳴ってしまうトラブルがあり、演奏を中断する ハプニングがあった直後のことで、この信じられないシーンに、大変驚いたものでした。 コンビネーション(ストップの組み合わせを予め記憶をさせておく補助装置)の不調は度々・・・ <第7話>参照。

このオルガンで本番を控える度に、楽器の調子が心配になるのですが、2月には <オルガン利用に際してのお願い>という文書が送られてきました。(以下抜粋)

モダン面コンビネーションに作動が不確実なものがあり、現在の状態でコンビネーションを使用すると、 アクシデントが発生する危険があります・・・ コンビネーションの使用を見合わせ、アシスタントを付けることで対応して いただきたけますようお願いいたします。

このようなFaxが、演奏会を間近に控えたオルガニスト、マネージャー、そして主催者に 送られてくる訳ですから、(私の神経は随分太くなりましたが)関係者の不安は隠しきれません。 コンビネーションはストップを記憶させる演奏補助装置、ホールに設置されるような大きな 楽器には、不可欠なもの。しかも皮肉にも、このガルニエオルガンの重く、固いストップでは アシスタントが手動でストップを操作するにも限界があり、一人の手で一度に多くて3つのストップしか 動かす事が出来ません。大袈裟に二人のアシスタントを使っても6つ。しかも助手の位置からもストップは 見にくく、73ものストップノブを全て手動でとは、バロック以前の音楽を演奏するならともかく よほど非音楽的な妥協したレギストレーションする以外は不可能です (皮肉にもバロック面のコンビネーションは上手く作動しているとのこと)。

私達 演奏家は、良い演奏を追求したいと、その音楽を深く研究し、 自分の思いの表現が出来るよう、計り知れないほどのエネルギーと時間を費やしています。 そんな我々に与えられる楽器が、トラブル、不調の連続。多くの妥協、制限を 加えられて演奏しなくてならないとは、実に嘆かわしいのです。

このオルガンの不調は最近始まったことではなく、開館以来のものです。 毎回の演奏会で、トラブルを気にかけながら、何とか綱渡りをしてきたというのが実状なのです。 演奏するオルガニストも限られいたけれど、ようやく今、本当のオルガンの状況が 周知され始めたというところです。

そんな中、3月8日、日フィルとの<オルガンとオーケストラの饗宴>も無事終わりました。 思いの通り動いてくれないオルガンを弾いた後には、不思議と体がとても疲れるのです。

いつも思いのままの楽器で演奏出来るという訳にはいかないところが、オルガニストの 辛いところ。ぐんぐんと私を伸ばしてくれる楽器もあれば、足を引っ張る楽器も。 どのような条件下にあっても、その楽器が最大限生かされる演奏が出来る<包容力>の あるオルガニストにならなければいけないのでしょう。

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